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認知症の家族が介護施設で事故に|認知症でも責任を問える?

認知症の家族が介護施設で事故に|認知症でも責任を問える?
弁護士 赤井 耕多

弁護士 赤井 耕多

千葉県弁護士会

この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多

誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、7年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。千葉医療問題研究会所属。

認知症とは、「様々な病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に変化し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障を来した状態」を指します。
※政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」(2025年1月16日)

認知症となった家族の世話を介護施設に託したのに、施設内で事故にあってしまい、怪我をして重い後遺症となったり死亡してしまったりする例が珍しくありません。

このような場合、利用者や家族は、介護施設側に損害賠償を求めることができるでしょうか?

1.認知症でも介護事故の損害賠償は請求できる

介護事故の被害者が認知症の場合、介護施設に損害賠償を求めることはできないのでは?と考えてしまう方がいます。

  • 認知症のために、職員の指示や施設のルールに従えないのだから、事故もやむを得ない
  • 想定外の行動をとりやすい認知症患者の安全を守ることは、そもそも無理な要求だ
  • 被害者にも、認知症という事故の要因がある以上、施設側だけの責任ではない

これらのように家族が思い込んでしまったり、施設側から反論されたりして、損害賠償請求をあきらめてしまうケースがあるのです。

しかし、これらの考えは間違いです。
介護施設は、利用者の生命・身体の安全に配慮するべき注意義務(安全配慮義務)を負っています。施設側が故意・過失によってこの義務に違反すれば、債務不履行責任または不法行為責任として、損害賠償を請求することができます。

多くの場合、問題となるのは施設側の過失です。利用者の生命身体に危険が及ぶ事態を予見できたのに、危険発生を回避する措置をとらなかった場合に、注意義務の違反となり損害賠償責任を負います。

被害者が認知症の場合、各人の具体的な症状から、「どのような場面、どのような行動に危険が伴うか」、入所段階あるいは入所後の生活状況を通じて施設側は認識していることが通常であり、その危険を回避する方策を講じる注意義務があるのです。

したがって、「被害者が認知症だから、介護側の責任を問えない」というのは、間違いです。

2.認知症の方の介護事故で施設の損害賠償責任を認めた裁判例

では、認知症である利用者の介護事故で、介護施設側の損害賠償義務が認められた実際の裁判例を紹介しましょう。

2-1.認知症の方の誤嚥事故 その1

誤嚥事故は、飲み込む際に食物が気管・気管支・肺に入ってしまう事故で、窒息や肺炎などの原因となります。

誤嚥の原因は、加齢による唾液の減少や歯の欠損、気道を閉ざす反射運動(嚥下反射)の低下などが指摘されます。特に認知症では、食物の分量を判断できず、大量に口に入れてしまうことが誤嚥につながるケースもあります。

そこで、介護施設側としては、認知症か否かを問わず、各利用者の状況に応じ、嚥下しやすい食材と、その調理方法を選択するべき注意義務があるとされます。

たとえば、誤嚥を起こしやすい、パン、こんにゃく、お餅などは避けるべきですし、他の食材も細かく切る、とろみをつける、流動食にするなどの配慮が求められ、これを尽くさない場合に注意義務違反となります。

【裁判例】水戸地裁平成23年6月16日判決(判例時報2122号109頁)

介護老人保健施設を利用する男性(86歳・認知症およびパーキンソン症候群)が、昼食で配膳された刺身を誤嚥して窒息となり、その後、亡くなりました。

この利用者の場合、すでに誤嚥の危険があることは施設側も確認しており、主食は全粥、副食はペースト状、飲み物はとろみ付きで提供していました。ところが、問題の刺身は通常の大きさで、飲み込み易くする工夫を欠いていました。

このため、裁判所は施設側の注意義務違反を認め、総額約2200万円(うち慰謝料1500万円)の損害賠償を命じました。

2-2.認知症の誤嚥事故 その2

誤嚥の危険がある利用者については、各人の症状や食材に応じた介助・監視体制も必要です。

これも認知症の有無にかかわらず、過去に誤嚥歴がある利用者や、誤嚥しやすい食材のときは、職員が1対1で介助をするべき場合もあります。
危険性が比較的低い利用者・食材ならば、複数の利用者の食事を数名で監視すれば十分な場合もあります。

【裁判例】名古屋地裁令和5年2月28日判決(判例時報2582号64頁)

特別養護老人ホームを利用する女性(81歳・アルツハイマー型認知症・要介護5)が、夕食の誤嚥で窒息し、死亡しました。

利用者は、もともと食事の際、食物を口内にかき込み、むせて、吐いてしまうことがありました。ところが提供された食事は「全粥」ではなく、「軟飯に近い普通食」であったため、事故が起こりました。

裁判所は、このような危険のある利用者については、職員が常時見守るべきだったのに、これを怠ったことは注意義務違反であるとして、施設側の過失を認め、約1380万円の損害賠償を命じました。

もっとも、この事案では、もともとは施設側が全粥・刻み食を提供していたところ、利用者の家族が普通食を希望したので食事を変更したという経過があったため、被害者側にも落ち度があるとして5割の過失相殺を認めています。

過失相殺とは、損害の発生につき被害者側にも何らかの落ち度があるときに、公平の観点から、裁判所の裁量で、落ち度の度合いに応じて賠償額を減額する制度です。

ただし、この事案では、家族が普通食を希望した点を過失相殺の落ち度と評価しており、認知症であることを理由に過失相殺をしたわけではないことに注意してください。

2-3.認知症の方の徘徊事故

認知症の方が、目的もなく室内や屋外をうろうろと動き回る「徘徊」をしてしまうことは珍しくありません。当初は目的があったのに、行動しているうちに目的を忘れてしまう場合もあります。

適切な認知・判断能力、運動能力を欠くために、徘徊中に生命・身体に危険が生じる事態も予想され、施設側にはこれを防止するための措置をする注意義務が要求されます。

【裁判例】岡山地裁平成22年10月25日判決(判例タイムズ1362号162頁)

介護老人保健施設の入所者(男・81歳・認知症)が、施設内の浴室に入り込み、自分で湯を満たした浴槽内で死亡した事案です。

裁判所は、徘徊する傾向のある利用者が浴室内に侵入し、生命身体に危険が及ぶことは予見可能だから、施設には浴室を適正に管理する責任があったとしました。

そして、浴室には鍵がかかっていなかったこと、入居者34名の多くは認知症で徘徊傾向があったのに職員は5名しかおらず、常時見守ることはできない状況だったことなどを指摘し、施設側の安全配慮義務違反を認め、約441万円の損害賠償を命じました。

この事案では、施設側が湯をはったまま放置していたのではなく、被害者が侵入して湯をはったなどの事情から、7割の過失相殺を認めています。

しかし、この事案でも、認知症それ自体を過失相殺の理由にしたわけではなく、被害者が自ら浴槽に湯をはったという点を過失相殺の理由としています。認知症だから施設の責任0とはならないということです。つまり、仮に施設側が、認知症の方の行動など予測できないから施設に過失はないと述べたとしても、裁判所は、施設に過失を認める可能性があるということです。

2-4.認知症の転倒事故

【裁判例】津地方裁判所平成31年3月14日判決・LLI/DB:L07450872(※)

特養施設の利用者(女性・92歳・認知症・要介護4)が、職員に誘導されてトイレの便座に座りました。ところが、その職員が倉庫へタオルをとりにいった隙に、利用者は転倒し、急性硬膜下出血となりその後亡くなりました。

裁判所は、利用者が以前も別の老人ホームで転倒して大腿骨を骨折した経験があるなど、施設側は転倒し易いことを認識していたこと、便座に着座した不安定な状態のまま見守り不在としたことから注意義務違反を認め、総額約2400万円の賠償を命じました。

なお、施設側は、利用者が事故当時すでに認知症で、活動の低下など体力の衰えが顕著だったことなどを理由として、6割の素因減額を主張しました。

素因減額とは、被害者の既往症や体質などの要因が結果に影響した場合に、過失相殺と同様に、公平の観点から裁判所の裁量で賠償額の減額を認める制度です。

しかし、裁判所は、死亡原因は転倒による急性硬膜下出血であり、認知症などが死亡の結果に影響したものではないとして、この主張を退けました。

※弁護士古笛恵子編著「介護事故の裁判と実務―施設・職員の責任と注意義務の判断基準」(ぎょうせい・288頁)

つまり、認知症が死亡の原因ではなく(つまり本人要因ではなく)、あくまで転倒が死亡の原因であり、その転倒について施設に責任があるので賠償義務を負うということです。そのうえで、2400万円の賠償を認定しました。

3.認知症でも損害賠償請求をあきらめる必要はない

これまで説明したとおり、およそ認知症だからといって、介護事故の損害賠償請求をあきらめる理由はありません。認知症の被害者側からの損賠賠償請求を認めた裁判例は、紹介した例にとどまるものではありません。

また、施設側が主張する過失相殺や素因減額も、公平の観点から裁判所によって考慮される場合はあるものの、すでにみたように「認知症」それ自体を過失相殺・素因減額の理由としているわけではありません。

認知症のご家族が介護事故の被害を受けたときは、諦めず、介護問題に注力し経験豊富な弁護士に相談されることをお勧めします。