
弁護士 赤井 耕多
千葉県弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多
誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、7年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。千葉医療問題研究会所属。
介護施設で、転倒・転落・誤嚥・誤投薬などの介護事故が発生し、高齢者など利用者が死亡したり傷害を負ったりするケースでは、過失ある介護施設側の損害賠償責任をめぐって示談交渉が行われる場合があります。
ただし、示談交渉の経験が乏しい被害者やご家族側は、相手側の提案した示談内容が正しいのかどうか、どのような提案をするべきなのかを判断することは困難です。
このコラムでは、介護事故における示談交渉について、被害者側が注意するべきポイントと、示談交渉を弁護士に相談・依頼することのメリットについて解説します。
目次
1.介護施設側から示談書が提示されている場合
まず、すでに介護施設側から示談書の金額や案文が提示されている場合の注意点です。
1-1.総額よりも損害項目・各算定額の説明を要求する
示談は、介護施設側が被害者側に支払う金額(示談金)を合意して決めるものです。
介護事故における示談金は「解決金」や「和解金」などの名称が用いられることもありますが、その内容はすなわち損害賠償金です。
介護施設側から示談書の案文が提示されているときは、その示談金額の総額について、「いかなる損害項目につき、いくらと算定したのか」を、個別に明らかにするよう説明を求める必要があります。
総額だけに目がいきがちですが、総額は、被害者が受けた種々の損害(損害項目)につき、個別に金額を算定した結果を合計したものに過ぎません。
もし、示談書にサインをすると、今後、それ以外の金額を請求できなくなってしまうことが多いので、サイン前に十分確認してください。これでいいのか疑問がある場合は、必ずサインする前に弁護士にお尋ねください。
1-2.算定項目と算定方法を典型的なケースで説明
例えば、「高齢者が、介護事故で転倒して脳挫傷となり、1ヶ月間入院して治療した。その間、長女が仕事を休んで付添看護した。しかし、治療の甲斐もなく死亡してしまった。」というケースでみてみましょう。
この場合、ざっと考えても、①入院費・治療費(診療代、手術代、薬代、ベッド代など)、②入院雑費(衛生用品購入費など)、③本人の入院慰謝料(傷害慰謝料)、④死亡慰謝料(本人分と近親者分)、⑤長女の付添看護費用、⑥葬儀費用などが損害項目となります。
各損害項目の算定は、①治療費のように、必要かつ相当な範囲で実際にかかった費用(実費)が損害と認められるものもありますが、多くは、次の②〜⑥のように、裁判例が多い交通事故における損害賠償の基準*を参考とした算定がなされます。
※各金額は、弁護士が、裁判基準できちんと算定する場合の参考額です
②入院雑費は、原則として1日1,500円
③入院期間1ヶ月の入院慰謝料は、原則として53万円
④死亡慰謝料(本人分と近親者分の総額)は、原則として2,000万円〜2,500万円
※ご年齢により慰謝は前後します。
⑤長女の付添看護費用は、原則として1日6,500円前後
⑥葬儀費用は、上限150万円ほど
*「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編集発行)」
1-3.介護事故の示談における様々な損害項目
これら以外にも、次のような損害項目もあります。
- 生命は助かったが後遺障害となったときは、その内容と程度に応じた後遺障害慰謝料
- 負傷で介護度が重くなった場合、介護費用の増額分(大阪高裁平成18年8月29日判決)
- 被害者の死亡で、将来得られたはずの老齢年金給付が失われたときは、その年金収入(最高裁平成5年9月21日判決)
このような各損害項目を洗い出し、実務の基準に従って適正に算定し、それらを積み重ねたものが示談金の総額です。
したがって、「各損害項目に漏れはないかどうか?」「各損害項目は適正に算定された数字となっているか?」という点を精査しなくては、正しい示談金額かどうか判断できないのです。
よくあるケースでは、治療費のみ支払う内容の示談書となっており、慰謝料の支払いについては何も書いていないなどです。それでもその示談書にサインしてしまえば、その内容に合意したこととなってしまいます。
1-4.個別事案の特性に応じて増額の可能性がある
実務は、各損害項目の算定につき交通事故事件の基準を参考としますが、あくまでも目安であって、事案の内容によって増額される場合もあります。
たとえば、入通院慰謝料は入通院期間の長さに応じて算定されることが原則ですが、受傷部位、症状の程度に応じて2〜3割の増額がありえます。
したがって、各項目の算定基準を知っているだけでは足りません。過去のケースと比較して、今回の被害状況の方が重いと評価できるか否か、それを判断する知識・経験がなくては適正な算定は困難です。
2.介護施設側から示談書が提示されていない場合
介護施設側から示談書が提示されていない場合には、被害者側から示談書の内容や示談金額を提示する必要があります。
各項目を漏れなく拾い上げ、実務の基準にしたがってそれぞれ適正に算出し、その合計額を示談金(損害賠償額)として要求します。
被害者側の算定根拠となる証拠資料も提示するべきです。
例えば、診断書、入通院費用の明細書、葬儀費用、被害者が給付を受けていた老齢年金給付の内容を示す資料などです。
3.介護施設側の対応に納得がいかない場合
相手方が提示する示談内容に納得できないときや、こちらの提示した示談内容に対する相手の対応・拒否に納得ができないとき、今後の示談交渉では埒が明かないようなら、①弁護士による請求書面作成、②簡易裁判所の民事調停、③訴訟(裁判)が選択肢です。
3-1.弁護士による請求・協議
事故に遭ったご本人やご家族による施設への追及で成果が得られない場合でも、弁護士からの請求となれば、施設や事業者は、考え直す可能性があります。
弁護士による責任理由の整理ができ、賠償金の請求根拠も法的に明らかにできるからです。
なぜ施設側がきちんと対応してくれていないかについては、もちろんケースバイケースですが、責任を否定すればご家族側が諦めてくれるという考えが根底にあるかもしれません。
弁護士が入って書面を送ることで、そうではなくきちんと対処していく意向だということを示すことができます。
3-2.簡易裁判所の民事調停
簡易裁判所の民事調停は、裁判官1名と調停委員2名が仲介役となって、裁判所において当事者の話し合いを進め、最終的な和解(合意)による解決を目指す手続です。
法的な観点に沿った和解案を提案してくれますが、強制力がないため、当事者が納得して合意に至らない限り問題は解決しません。特に、施設側が責任を認めないケースでは、合意に至らないことが多いです。
3-3.訴訟(裁判)
提訴した場合、損害の内容、その金額はもちろん、相手側の損害賠償責任を基礎付ける過失(安全配慮義務違反)の内容まで、こちらが証拠をもって立証しなくてはなりません。
したがって、当方の集めた証拠によって立証できるか否かの見通しが重要です。
弁護士に見通しを相談して、提訴するべきか否かを判断するべきでしょう。
3-4.訴訟における和解(裁判上の和解)
ただ、訴訟を起こした場合、勝つか負けるかの二択しか結論がないわけではありません。
民事訴訟では、裁判官を仲介役とした話合いの機会(和解期日)が設けられることが通常です。
まず、双方の主張と反論が出そろった段階で、話し合いが試みられます。そこで話がまとまらなければ、証人尋問などの証拠調べに進みます。
そして、証拠調べが終了し、裁判官が判決を出せる段階で、もう一度話し合いの期日が設けられます。
決定権のある裁判官が仲介役として話し合いを進め、和解案を提案することで、当事者が納得したり、妥協したりする可能性が高いのです。
また、訴訟を担当する裁判官は、判決による解決よりも、裁判所での和解による解決を重視します。民事訴訟の第一目的は紛争の解決であり、控訴によって紛争が継続してしまう可能性のある判決よりも、当事者双方の納得・合意による紛争終結の方が望ましく、裁判所の労力もかからないからです。
そこで、こちら側の主張が通るか否か微妙な場合でも、この和解での決着を狙って提訴するケースは珍しくはありません。
その見極めをできるのは、介護事故の案件を豊富に経験している弁護士です。
4.介護事故の示談を弁護士に相談するメリット
介護事故の示談を弁護士に相談すると、様々なメリットがあります。
4-1.弁護士が示談書の金額の適正をチェック
介護事故における示談交渉を進めるには、損害賠償を求める損害項目を漏れなくピックアップし、各項目の損害額を適正に算定する必要があります。
それができないと、介護施設側が提示した示談書の内容が適正か否かを判断することもできませんし、こちらから適正な示談を提案することもできません。
弁護士に相談すれば、まず示談書の金額が適正か否かのチェックを行うことができます。
4-2.被害者側の主張に沿った示談成立の可能性が上がる
また、弁護士が示談交渉を担当すれば、法的な観点、過去の裁判例などに基づき、被害者側の主張が適正であることを示し、介護施設側を説得して、被害者側の主張に沿った示談を成立させる可能性も高くなります。
5.弁護士に頼むと必ず裁判になるわけではない
「弁護士」と聞くと「裁判は避けたい…」と相談をためらう方は珍しくありません。
しかし、弁護士に相談したり、示談交渉の担当を依頼したりしたからと言って、必ず訴訟になるわけではありません。
まずは弁護士が、責任発生根拠と賠償金の根拠を書き起こした請求書を作ります。それを、まずは裁判所ではなく相手方施設や事業者に請求書を送ります。その後の施設側との協議や示談で解決に至る例も多いです。
本人やご家族に対しては、責任を一切認めない姿勢であるとか、説明をきちんとしてもらえなかったケースでも、弁護士がついて請求をすることで、施設側がようやく真摯に取り合うようになるということもあります。
このように、まずはご依頼者にとってもご負担が少ない協議解決を目指します。
もし、弁護士が請求書面を送っても、どうしても介護施設側の姿勢が頑なであり責任を一切認めないという場合には、ご本人やご家族とご相談のうえ、裁判所に対する訴訟の提起も検討できます。
しかし、その場合でも弁護士は被害者・ご家族のご意向に従いますから、被害者側が望まない訴訟を勝手に起こすことは決してありません。
また、裁判においても、必ず判決まで進むというわけではなく、一定の主張後に、和解で解決するケースも多いです。いわゆる喧嘩別れのような形ではなく、互いに主張し合ったうえで和解解決ということもあるということです。
裁判所での争いごとを希望されないなら、弁護士は、裁判所を利用しない示談交渉での解決に全力を傾けます。
「お世話になった施設に請求/裁判なんて…」とためらわずに、まずは一度ご相談ください。







