
弁護士 赤井 耕多
千葉県弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多
誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、7年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。千葉医療問題研究会所属。
介護事故があったときに、介護施設側から、施設利用者(被害者)やその家族や遺族に対して、「治療費」「見舞金」「示談金」などの名目で数万円程度の金銭を提示されるケースは珍しくありません。
しかし、「はたして、これは適正な金額なのか?」という疑問をもたれる方は少なくないでしょう。
また、「治療に必要な費用は当然に支払ってもらえるはずだが、それとは別に慰謝料を請求できないのか?」と考える方も多くおられます。
実は、介護事故の場合も、治療費はもちろん受けた損害の内容に応じた慰謝料を請求することが可能であり、示談交渉において慰謝料を示談金に加えるよう要求することもできます(なぜなら、施設が賠償にあたって、加入している保険を利用することが多いからです)。
目次
1. 介護事故の示談金(損害賠償金)の基本的な考え方
1-1. 介護事故の示談金とは?
介護事故による被害を被った利用者やその家族は、介護施設側に過失がある限り、債務不履行責任(民法415条)や、不法行為責任(民法709条)を法的根拠として、介護施設側に対し損害賠償を請求することができます。
当事者同士や弁護士を代理人とした話し合いで損害賠償金の額を決めて、賠償問題を解決することが「示談」であり、その金額が「示談金」です。
1-2. 介護事故の示談金の相場
「どのような被害内容が損害項目となり、いくらの金額を請求できるか」については、事例の多い「交通事故」の事案における損害賠償につき、過去の裁判例などを参考として、弁護士団体が刊行物(※)で公表している基準(=交通事故損害賠償の弁護士基準)が参考とされます。
※通称「赤い本」。正式名「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編集発行)」
1-3. 介護事故では素因減額・過失割合が考慮されやすい
損害賠償制度は、損害の公平な分担を実現することを理念としています。そこで、被害者がもともと有していた既往症等の存在が、損害の発生・増大に寄与している場合は、その寄与の程度に応じ、賠償額が減額されます。これを「素因減額」と呼びます。
また、損害の発生・増大に、被害者側にも落ち度がある場合、その内容に応じて賠償額が減額されます。これを「過失相殺」と呼びます。
いずれも、当事者の公平を確保するためです。
介護事故では、被害者である高齢者・障害者に、もともとあった高年齢・障害・既往症や、想定外の挙動等が、介護事故の原因・被害の増大に関係しているケースも多く、素因減額や過失相殺が適用されることが珍しくありません。
【転倒による死亡事故について、4割の過失相殺を認めた裁判例】
特別養護老人ホームにおいて、パーキンソン症候群等で歩行にふらつきがある入所者(男性・93歳)が、深夜、トイレに行こうとして転倒し、急性硬膜下血腫を原因として死亡した事案です。
裁判所は、事故前の転倒歴があり、トイレには職員が付き添いをしていたことから、施設側は離床センサーを使用する義務があったとして、施設側の責任を認めました。しかし、一方で、被害者の意思能力には問題がなかったこと等から、被害者にも落ち度があるとして過失相殺を認め、賠償額を4割減額し、慰謝料780万円を含め、総額約1000万円の賠償を命じました(大阪地裁平成29年2月2日判決・判例時報2346号92頁)。
上記例では、過失相殺されても、計1000万円の賠償が認められました。
2. 介護事故で死亡した場合の慰謝料|2000万円~2500万円
交通事故の弁護士基準を目安とすると、介護施設の利用者(高齢者・障害者など)が介護事故で死亡した場合の慰謝料の目安は「2000万円〜2500万円」です。
これは死亡した本人の慰謝料(遺族が相続します)だけでなく、近親者(本人の両親、配偶者、子)が請求できる慰謝料も含めた総額の目安です。
あくまでも目安であり、2000万円が下限、2500万円が上限というわけではありません。また、具体的な事情に応じ、裁判官の裁量によって金額は左右されます。
【転倒による死亡事故につき、慰謝料2300万円を認めた裁判例】
介護老人保健施設において、重度認知症の利用者(男・82歳)が、18日間に3回も転倒し、3回目の転倒後に脳挫傷で死亡した事案です。
裁判所は、1回目の転倒によって、以後の事故発生の危険性が予見できたにもかかわらず、2回目、3回目の転倒の際、職員が付添い介助義務等を怠っていたとして、慰謝料2300万円を含む、総額約2800万円の賠償を施設側に命じました(京都地裁令和元年5月31日判決・判例タイムズ1484号227頁)。
このように、転倒歴があるのに介助を怠っていたケースでは賠償金を請求しやすいです。
3. 転倒で骨折した場合の後遺障害慰謝料|110万円〜290万円
介護事故で転倒するなどし、骨折の被害を被った場合、治療によって骨折それ自体は治癒しても、受傷部分の痺れや痛みが残ったままとなってしまう場合があります。
このように、これ以上の治療を継続しても、症状の改善が見込めない場合を「症状固定」と呼びます。
症状固定時点で残ってしまった障害が「後遺障害」であり、その内容・程度に応じて慰謝料を請求することができます。これが「後遺障害慰謝料」です。
後遺障害は、その内容・程度に応じて、重い1級から軽い14級までの後遺障害等級が定められており、弁護士基準では、等級ごとに、2800万円〜110万円まで、後遺障害慰謝料の金額の目安が設定されています。
例えば、指・腕・足などの骨折の後遺障害として、抹消神経に痛みが残るケースでは、次の金額が後遺障害慰謝料の目安です。
- 他覚的所見がある場合(例:レントゲン等の画像によって医師が症状を確認できるケース)は、12級(局部に頑固な神経症状を残すもの)として、290万円が後遺障害慰謝料の目安となります。
- 痛みの自覚症状しかない場合でも、もっとも軽い14級(局部に神経症状を残すもの)に該当すれば、後遺障害慰謝料は110万円が目安です。
4. 骨折後の可動域制限・歩行困難の後遺障害慰謝料|550万円
例えば、介護事故で右手を骨折し、右手の手首(または肘、肩)の関節の運動可能領域が、健康な左手側の各関節における運動可能領域の半分以下に制限されてしまった場合、「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」として、10級の後遺障害に該当します。
この場合の後遺障害慰謝料の目安は、550万円です。これは足の各関節(足首、膝、股関節)も同様です。
このように、事故によって生じた症状や身体制限を適切に記録化することが重要です。
※お医者さんに適切な後遺障害診断書を作成いただくには、弁護士のサポートが必要なため、弊所では、お医者さんへ漏れのない診断書を作成いただくべく、専用の依頼書を送っております。
5. 誤嚥、誤投与、徘徊による介護事故の示談金
慰謝料が高額になるケースは、転倒事故・骨折事故に限ったことではありません。
介護事故は、転倒事故以外にも、食物・飲料・薬の誤嚥、職員による誤投薬、徘徊行為による事故などが典型的ですが、そのいずれであっても、被害内容が、利用者の死亡や重い後遺障害となった場合には、慰謝料を含む示談金は高額となる場合があります。
【誤飲による死亡事故で慰謝料2000万円が認められた裁判例】
特別養護老人ホームのショートステイ利用者(男・73歳)が、朝食後、薬を飲んだ直後にチアノーゼ状態となり、死亡した事案です。
裁判所は、多発性脳梗塞で重度の認知証である被害者は、飲み込みが悪く、朝食後に異変を発見した際には、真っ先に誤飲を疑うべきだとしました。
それなのに、施設職員は誤飲を予想した措置もとらず、吸引器を取りにいくこともせず、発見から15分間も救急車を呼ばず、適切な措置を怠った過失があるとして、慰謝料2000万円を含む総額2200万円の賠償を命じました(横浜地裁川崎支部平成12年2月23日判決・「賃金と社会保障」旬報社・1284号43頁)。
6. 事故により増額した介護料も請求可能
介護事故で傷害を負ったり、要介護度が上昇したりしたために、介護にかかる費用が増額してしまったというケースでは、その増額分も損害として請求が可能です。
【介護事故で増額した介護費用の賠償を命じた裁判例】
特別養護老人ホームにおいて、ショートステイの利用者A(女・91歳)が、デイルームで車椅子に座っていたところ、他の利用者Bに背後から押されて車椅子から転倒し、両足機能の全廃などの傷害を負った事案です。
裁判所は、加害者Bが何度も被害者の車椅子を揺さぶるなどの行為を繰り返した事実があり、施設側はBが接触できないようにする措置を講ずる義務があったとし、後遺障害慰謝料500万円等を含む、総額約1050万円の賠償を命じました。
また、事故前は、利用者Aの介護費用は1ヶ月あたり約4万7000円だったところ、事故後は介護に必要な費用が増えてしまいました。その増額費用約99万円も賠償額の中に含まれています(大阪高裁平成18年8月29日判決)。
7. まとめ
ここまで解説しましたとおり、介護事故における損害賠償金の問題は、交通事故事件をはじめとする事故等の膨大な裁判例を通じて蓄積された民事賠償の知識を前提としなくては、法的に正しい適正な金額を算出することはできません。
詳細な事実関係を調査せずに、施設側の提示する「示談金」「見舞金」を安易に受け入れて(解決書面にサインして)しまうと、本来、被害者やご家族が受け取るべき正当な賠償金を受け取ることができなくなってしまいます。
介護事故の賠償問題・示談金問題は、専門的知識をもった弁護士に相談されることをお勧めします。
当事務所へぜひ一度ご相談ください。




