
弁護士 赤井 耕多
千葉県弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多
誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、6年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。
薬誤投与、すなわち投薬の間違いは、介護施設における典型的な事故と言えます。
疾患のある高齢者や障がい者にとって、薬誤投与は、その健康を害するにとどまらず、場合によっては直ちに生命に危険が及ぶ重大な事態です。
このため厚生労働省は、老人保健施設等の職員が施設利用者の服薬などを介助する際の薬品取り違い防止などを注意喚起しており(※1)、介護事故を予防する方策のガイドラインにおいても、その原因・対策がとり上げられています(※2)。
今回は、この薬誤投与について、解説していきたいと思います。
※2:「特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン」株式会社三菱総合研究所・平成25年3月
目次
1.薬誤投与はなぜ起こるのか?
1-1. 薬誤投与とは
「薬誤投与」とは、介護施設利用者である患者に与えるべき薬剤を正しく与えないことで、利用者の健康を害する事態を発生させてしまう介護事故です。
これには、薬剤それ自体を間違える場合や、薬剤の分量・服用回数を間違える場合があります。
たとえば、A剤とB剤を毎食後2錠ずつ服用させなくてはならない利用者甲さんに対し、
①誤って、別の利用者乙さんが飲むべきC剤を服用させてしまうケース
②A剤・B剤共に服用させることを失念してしまうケース
③A剤は服用させたが、B剤を服用させることを失念してしまうケース
④A剤・B剤共に適正量を誤り、1錠ずつしか服用させなかったケース
などです。
これらは、いずれも「誤薬事故」であり、本来の適正な投薬がなされていないという意味では「与薬漏れ」とも呼ばれます。
1-2. 薬誤投与の原因
薬誤投与が発生する原因の例には、次のものがあります。
いずれも人為的ミスであり、回避不可能な事故とは言えません。
- 患者氏名の確認不十分による患者の取り違え・人違い
- 薬剤名の確認不十分による薬剤の取り違え
- 服用量(何錠か)、服用回数(1日何回か)、服用方法(経口か点滴か)などの確認不十分による不適正な投薬
- 職員間の投薬情報伝達ミス
- 担当職員の未熟練
- 薬誤投与防止マニュアルの不徹底
- 人員不足
2. 薬誤投与について施設に責任を問えるケース
では、薬誤投与による損害が発生した場合、家族は施設に対してどのような法的責任を問えるでしょうか?
2-1. 薬誤投与の法的責任を問うための条件
薬誤投与による被害が発生した場合、介護施設に対する損害賠償責任を問うことができます。
その際の法的根拠となるのは、
(1)介護施設と利用者との間の施設利用契約に付随して、介護施設側が負担している安全配慮義務の違反(民法415条)
(2)薬誤投与行為を行った介護施設職員に不法行為(民法709条)が成立することを前提とした、介護施設の使用者責任(民法715条)
です。
この安全配慮義務違反と使用者責任は、法律論的には異なる別個の理屈ですが、裁判の実際上は、どちらも、
①介護施設職員の過失(注意義務違反)の有無
②利用者の健康被害という「損害」と、介護施設職員の「過失」との間における因果関係の有無
が中心的な争点となります。
介護施設職員の過失(注意義務違反)は、予見可能性があることを前提として、そのような結果の発生を回避する行為をとる義務(結果回避義務)を尽くさなかったと評価される場合に認められます。
医療施設や介護施設において、職員が患者・利用者への適正な投薬が行われない場合、健康被害が生じることは優に予見できます。
そのような結果を回避するためには、薬剤の内容、適正量、適正な投薬回数などを十分に確認してから投薬することが法的義務と認められます。
2-2. 薬誤投与の法的責任に関する実際の裁判例
誤って薬を投薬してしまい、介護施設に損害賠償義務が認められた裁判例を紹介します。
1 裁判例①(東京地裁平成27年4月24日判決:LEX/DB搭載事件)
※佐藤丈宜「介護事故による損害賠償請求訴訟の裁判例外観—過失・安全配慮義務違反の判断を中心として」判例タイムズ1423号(2016年6月)93頁、105頁
通所介護施設において、宿泊介護サービスを受けていた利用者(91歳)が、職員から、誤って他人の内服薬(糖尿病を治療するための血糖降下薬など)を服用させられてしまった事案です。
利用者は、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)となった後に死亡してしまいました。
施設側は、薬の内袋に氏名を明記しておくよう指示をしていたのに、利用者側がこれを怠っていたことなどを指摘して、注意義務違反を争いました。
しかし、裁判所は、薬を服薬者に正しく服用させるのは、服薬介助を行う介護施設の職員の基本的な義務であり、内袋に利用者の氏名を記載するよう指示をしていたか否か等にかかわらず、注意義務違反は明らかだとして、施設側の主張を退けました。
もっとも、本事案で裁判所は、薬誤投与行為とこれによって入院となり低血糖の治療等を余儀なくされる被害を受けたこととの間には因果関係を認めたものの、利用者が高齢であることやアルツハイマー型認知症の既往症があったことに照らし、薬誤投与行為と遷延性意識障害の発症・死亡との間には相当因果関係は認められないと認定しました。
このため裁判所が認容した金額は、原告が請求した金額の一部にとどまりました(請求額約3300万円に対し、認容額110万円)。
薬を正しく服用させることが介護施設の基本的な注意義務と考えると、薬誤投与という事態が発生した以上、施設側の過失・注意義務違反が認められることが通常でしょう。
ただし、(薬誤投与が死亡などの原因となったことが明らかな場合を除くと)発生した症状が果たして薬誤投与に基づくものか否か、その因果関係が問われることになります。
結果、今回のように、最終的な死亡結果などとの因果関係が十分に立証できないと、賠償額が一部にとどまってしまう場合があり得るのです。因果関係をきちんと立証しきるためにも、弁護士の介入が必要です。
2 裁判例②(東京地裁平成16年1月30日判決:都立広尾病院事件)
東京都立広尾病院に、手指の関節リウマチ手術のために入院した女性A(58歳)が死亡した事案です。
手指の手術は成功し、術後経過も良好でした。ところが、看護師Bは、Aに点滴注入するべき「血液凝固防止剤」の入った注射器を準備する際に、別患者に使用する「消毒液」の入った注射器を、並べて同じ処置台の上に置いてしまいました。
さらに看護師Bは、血液凝固防止剤入り注射器には、その薬剤名が黒マジックで記載されていたにもかかわらず、これを確認しないまま、血液凝固防止剤入り注射器に、あろうことか消毒液の名前を書いたメモを貼り付けてしまったのです。
こうして看護師Bは、「消毒液入り注射器」のほうを「血液凝固防止剤入り注射器」と誤信したままAの病室に持ち込み、そのテーブル上に置いたうえ、他の患者の世話のためにAの病室を離れてしまいました。
残念なことに、その後にAの病室に入室した看護師Cさえも、血液凝固防止剤の薬剤名が注射器に記載されているか否かを確認することなく、「消毒液入り注射器」を「血液凝固防止剤入り注射器」と誤信してAに点滴投与してしまい、消毒液を体内に注入されたAは死亡しました。
この事案でも裁判所は、薬剤の種類を十分に確認して準備するべき業務上の注意義務があるのに、看護師B・C共にこの基本的な注意義務を怠ったと判断しました。
裁判所は、看護師B・Cの過失を認定し、東京都の使用者責任に基づく損害賠償責任を認めました。
原告である遺族5名が被告である東京都など6名に求めた損害賠償の内容は多岐にわたりますが、裁判所に認容された主なものは、被害者本人の逸失利益約2,400万円、被害者本人の慰謝料2,300万円、被害者の夫などの固有慰謝料計500万円、弁護士費用計540万円などでした。
なお、看護師B・Cは刑事責任を問われ、業務上過失致死罪(刑法211条)により起訴され、Bは禁錮1年、Cは禁錮8月、両名ともに執行猶予3年の有罪判決が下されています(東京地裁平成12年12月27日判決・判例時報1771号168頁)。
「薬を正しく服用させることが医療施設や介護施設の職員の基本的な義務」という考え方は、広く裁判所が採用しているところです。つまり、医療施設に限らず、介護施設のケースでも、同様に正しい投薬をすることが、基本的義務であると位置づけています。
3. 薬誤投与が発生した場合の正しい対応
3-1. 家族はどうするべきか?
1 事実開示と十分な説明を要求
たとえば、施設利用者の体調が急変するなどし、その原因として薬誤投与が疑われる場合は、家族としては施設側に事実の確認と十分な説明を要求するべきです。
施設側は薬誤投与の事実を隠ぺいしようとする場合もあります。しかし、被害を受けた利用者の治療が継続している場合、薬誤投与の正確な事実が明らかにならなければ、適切な治療を施すことが困難となる危険もあります。
利用者の健康を回復するためにも、事実の開示を強く要求するべきです。
どのように行うかも、弁護士に相談いただくことができます。
2 証拠の改ざんなどを防止するには
早期に事実を明らかにするよう熱心に求めることは、施設側による記録の改ざんや口裏合わせを牽制・予防することにも役立ちます。
万一、施設側が納得のいく説明を行わず、事実を隠す危険を感知する場合は、直ちに弁護士を代理人として依頼し、裁判所に対し証拠保全の申立てを行い、訴訟提起の前に施設側が保管している記録などの証拠物を裁判所に調べて記録してもらうべきです。
3-2. 損害賠償請求の進め方
施設側に対する損害賠償の請求は、通常、①郵便による通知書(賠償金の支払請求)の送付によってスタートが切られ、②家族・遺族側と施設側、または、その各々の代理人弁護士による③示談交渉が行われます。
交渉がまとまるならば、和解合意書(示談書)を作成して、和解金(示談金)としての損害賠償金の支払いが行われます。
和解がまとまらない場合は、④ご要望に応じ訴訟に進むこともあります。
4. まとめ
薬誤投与による被害が発生した場合は、ただちに弁護士に依頼し、代理人として施設側との交渉を担当してもらうべきです。
施設側の対応によっては、裁判所による証拠保全を申し立てたり、本裁判に訴えたりする真剣な姿勢を示しましょう。このことは、施設側の証拠改ざん、口裏合わせなどの隠ぺい工作を防止し、真摯な対応を促すことにもつながります。
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