
弁護士 赤井 耕多
千葉県弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多
誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、6年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。
厚生労働省の「人口動態統計」によれば、2023年(令和5年)中に不慮の事故で死亡した65歳以上の方は3万9,016人おり、そのうち「不慮の溺死及び溺水」が原因の方は8,270人。約21%を占めています。
さらに、そのうち浴槽での事故は6,541人であり、約80%が入浴中に亡くなっています。
※消費者庁「コラムVol.12 高齢者の事故 ―冬の入浴中の溺水や食物での窒息に注意」
入浴は、寒暖の差による身体の負担や床面の滑りやすさなどから、高齢者や障がい者など、介護を受ける方にとっては事故に遭遇してしまう危険の多い機会です。
介護施設では、このような危険を避けるために職員による入浴介助が行われますが、それでも入浴中や浴室内での事故が発生し、怪我や死亡の結果となってしまう場合があります。
そのような場合、被害者や家族は、介護施設側に対して損害賠償などの法的責任を求めることができるでしょうか?
目次
1. 入浴介助中の事故で介護施設に問える法的責任
介護施設で、利用者が入浴介助を受けている際に怪我を負ったり死亡したりした場合には、施設側に民事・刑事の法的責任を問える可能性があります。
民事責任としては、①不法行為責任(民法709条)や、②安全配慮義務違反による債務不履行責任(同415条)に基づき、施設側に損害賠償を請求することが考えられます。
刑事責任としては、施設の職員・管理者などにつき、業務上過失致死傷罪などでの処罰を求めて、刑事告訴することを検討するべきでしょう。
以下では、入浴中の事故につき、実際の事例をいくつか紹介しながら、介護施設の法的責任について解説していきます。
2. 入浴介助中の転倒による骨折の事故
介護施設における事故で多いのが「転倒による骨折事故」であり、入浴中に発生してしまう場合があります。
2-1. 入浴介助における介護施設の安全配慮義務
介護施設と利用者(またはその家族)との間には、介護サービス提供契約が結ばれています。介護施設は、その契約上の義務として、利用者の心身の安全に配慮するべき義務(安全配慮義務)を負います。
滑りやすい浴室では、利用者の転倒による骨折などの事故が起こりやすく、浴室は、高齢者・障がい者にとって、身体・生命に被害を生じやすい危険な場所です。
そこで、特に入浴介助の際には、介護施設側は利用者の動静から目を離さないなど十分な注意を払う義務があり、これを怠れば安全配慮義務違反とされる可能性があります。
2-2. 入浴介助中の転倒による骨折事故の裁判例
【入浴介助中の転倒による骨折事故につき、施設側に損害賠償を命じた裁判例】
(青森地裁弘前支部平成24年12月5日判決・LLI/DB・L06750612)デイサービスで介護支援施設を訪れた女性高齢者(約88歳)が被害者です。
職員が他の利用者の洗身介助をする間に、姿勢を崩した被害者がその座っていた入浴補助用の簡易車椅子ごと転倒して、左大腿骨を骨折しました。裁判所は、①被害者に不安定な態勢で車椅子に移乗しようとするなどの挙動傾向があり、転倒による事故発生の予見可能性があったとし、②滑りやすく危険な浴室での介助の際は、利用者から目を離さず、目を離すならば他者に見守りを依頼するなどの措置をとるべき義務が介護施設にあるとしました。
こうして安全配慮義務違反を認め、合計約830万円(治療費・介護費・介護雑費・将来介護費・入通院慰謝料・後遺障害慰謝料・通院等交通費・弁護士費用)の賠償を命じました。
3. 入浴介助中の熱傷の事故
入浴介助中には、高温の湯により熱傷の被害を受けるケースも珍しくありません。
3-1. 介護職員の過失による熱傷死亡事故
2025年8月、大阪市の介護老人保険施設で入浴介助を受けていた高齢者(女性・90歳代)が、浴槽で高温(60度)の湯に浸かり、足から胸まで広範囲の火傷を負って入院し、1ヶ月半後に死亡したという事件が報道されています。
施設職員が温度の確認を怠った事故とみられ、大阪府警が、業務上過失致死罪の適用を視野に捜査中とのことです。
※1:朝日新聞2025年10月22日記事「入浴介助中に90代の入所者が「60度」の湯に 1カ月半後に死亡」
※2:共同通信2025年10月22日配信記事「大阪、入浴介助でやけど女性死亡 浴槽の湯60度、府警が捜査」
こちらは最近の事件ですので、介護施設側の民事責任の帰趨はまだ明らかになりませんが、仮に職員が温度を確認しないまま被害者を浴槽に入れたのであれば、過失行為で被害者に死傷という損害を与えています。よって、職員が不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を負担し、その使用者である介護施設は使用者責任(民法715条)によって、職員と共に損害賠償責任を負担することになります。
なお、浴槽の温度を確認してから入浴させることは、当然に安全配慮義務の内容と言えますから、債務不履行責任を根拠とすることも可能です。
3-2. 介護職員の故意による熱傷死亡事故
2025年9月、特別養護老人ホームに勤務する介護福祉士の男が、施設利用者を被害者とする傷害致死罪の容疑で逮捕されました。同年6月に半身麻痺の利用者(男性・70歳代)の入浴介助をする際、専用リフトにベルトで固定された利用者を、50度以上の高温の浴槽に入れ、全身やけどを負わせて死亡させたという容疑です。
報道によれば、男は、高温防止のストッパーを自ら解除し、事件後に温度設定ダイヤルを適温に戻したなどと供述しており、故意による行為の疑いがあります。
※産経新聞2025年9月30日記事「高齢男性を熱湯風呂に入れ全身やけどで死亡させる、容疑で介護福祉士を逮捕 大阪」
これも最近の事件ですのでまだ帰趨はわかりませんが、仮に、この男が故意に被害者を高温の湯に浸からせたとするならば、傷害致死罪または殺人罪の刑事責任を問われますし、介護施設側は使用者責任による損害賠償義務を免れることはできないでしょう。
4. 入浴中の溺死の事故
介護施設の浴室では、利用者が溺死してしまう事故もあります。
4-1. 入浴介助中、介護職員の過失による溺死事故
2016(平成28)年12月、さいたま市の有料老人ホームにおいて、入居者の女性(71歳・要介護5)が入浴中に浴槽で溺れ、病院に搬送されたが死亡するという事件が報道されました。
※日本経済新聞2017年1月6日記事「要介護の女性、入浴中に死亡 さいたまの老人ホーム」
女性は、職員に付き添われて入浴しましたが、職員が他の入居者の介助をしようと脱衣所に行き女性から目を離した間に溺れたらしく、埼玉県警が業務上過失致死容疑で捜査中と伝えられています。
この事件では、職員ら2名が業務上過失致死罪の嫌疑で書類送検され、うち1名が、さいたま区検察庁によってさいたま簡易裁判所に略式起訴されました。起訴された職員(介護士)は、2019(平成31)年3月12日、罰金30万円に処されたと報告されています。
※1:埼玉新聞2019年3月12日記事「入浴中に女性溺死 さいたまの老人ホーム、職員1人を略式起訴 女性のそばを離れて監視せず」
※2:弁護士古笛恵子編著「介護事故の裁判と実務 施設・職員の責任と注意義務の判断基準」(ぎょうせい)150頁
この事故についての民事責任がどうなったのか不明ですが、被害者は「要介護5」という最も重い要介護状態であり、介護職員が業務上過失致死罪で有罪となっていることを前提に考えれば、当該職員の過失による不法行為責任(安全配慮義務違反も)は明らかで、有料老人ホーム側も使用者責任に基づき、損害賠償責任を負担することになるでしょう。
4-2. 介護施設の安全配慮義務違反が否定された入浴中の溺死事故
入浴中の溺死事故といっても、必ず施設側の安全配慮義務違反や過失が認められるわけではありません。被害者の健康状態や動作能力などによって、介護施設側の負担する安全配慮義務の具体的な内容も異なります。
【浴室内の溺死事故で、施設側の損害賠償責任を認めなかった裁判例】
(東京地裁平成26年5月29日判決・LEX/DB25519872)介護付き有料老人ホームの利用者(90歳・女性)が、居室の浴槽内で溺死した事案です。相続人らは、介護職員が安全な入浴に必要な見守り・目配りなどの安全配慮義務を怠ったと主張し、慰謝料等で総額2,200万円の損害賠償を請求しました。
しかし、裁判所は、①被害者や家族から、入浴時の付き添い・見守りの要望を受けたことがないこと、②被害者の自立した入浴動作に疑念を生じさせる事情は発生していないことを指摘し、③事故当時、被害者が入浴する際に生命等に危険が及ぶ事故が発生する具体的危険を予見することはできず、④付添などにより、被害者の生命等を危険から保護するよう配慮するべき義務を負っているとは認められないとしました。
4-3. 介護施設の安全配慮義務違反を認めた入浴中の死亡事故
このように、安全配慮義務違反が認められるか否かは、具体的な事実関係によります。
次の裁判例は、入浴介助中の事案ではありませんが、やはり高齢者や障がい者にとっての浴室の危険性を前提に、被害者の状況・施設の状況といった事実関係から、安全配慮義務違反を認めています。
【浴室内の死亡事故で、施設側の損害賠償責任を認めた裁判例】
(岡山地裁平成22年10月25日判決・判例タイムズ1362号162頁)介護老人保健施設に入所する認知証の男性(81歳)が、浴室に入り込み、自ら給湯栓を調整して湯を満たした浴槽内で死亡した事案です。死因は致死的不整脈の疑いとされています。
この事案では、被害者を含む入居者の多くは認知証で徘徊する傾向がありました。しかも、当時、入居者34名に対し、職員は5名であり、常時の見守りは事実上困難でした。
そして、本件浴室の扉は施錠されておらず、もし施錠されていれば、この事故は発生しませんでした。このような事情を踏まえて、裁判所は、徘徊傾向のある利用者が浴室に侵入することは予見可能であり、当該施設には、入居者が勝手に入り込んで利用したらその生命身体に危険が及ぶ可能性のある施設内の設備・場所を適正に管理する責任(安全配慮義務の一内容としての施設管理義務)があったとし、その義務違反としました。
ただし、本件は、職員が浴槽に湯をはって放置したものではなく、被害者自らが侵入して湯をはったものであることなどから、7割の過失相殺を認め、約441万円の損害賠償を命じました。
5. 介護施設での入浴介助中の事故は弁護士への相談を
施設側にどのような安全配慮義務違反が認められるか?職員の行為が過失行為と言えるか?といった損害賠償義務を左右する問題は、法的な観点から検討される問題であり、専門家の知識と経験がなくては判断ができません。
ご家族が介護施設での入浴介助を受けている際に事故の被害に遭ってしまったときは、弁護士に相談されることをお勧めします。
お困りの方は、西船橋ゴール法律事務所の弁護士までお気軽にご相談ください。




