移乗介助中の事故(車いすやベッド)は損害賠償請求できる?
介護事故で特に多いのが転倒・転落事故ですが、その中でも、車いす移乗介助中の事故は珍しくありません。「移乗」つまり、た…[続きを読む]
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弁護士 赤井 耕多
千葉県弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多
誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、6年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。
統計によれば、介護施設における事故によって負った怪我の種類で、もっとも多いのが「骨折」です。
消費者庁と独立行政法人国民生活センターが共同運営する「事故情報データバンクシステム」では、「介護施設」で検索された事故全1,471件のうち、傷病内容を骨折とする事故は、全体の約50%にあたる735件を数えました(2025年11月17日時点)。
この記事では、介護施設でもっともよく発生する骨折事故について、介護施設側に損害賠償責任を問うことができるのか否か、そのよくある例と、実際の裁判例について説明します。
目次
高齢者や障がい者は、身体機能の衰えや障害のために、転倒したり、転落したりする危険が高く、それが骨折という重大な事態につながります。
介護施設で骨折する原因となる転倒・転落事故のよくあるパターンとしては、例えば、以下のような例が挙げられます。
介護施設での転倒・転落事故で、利用者が骨折の被害にあった場合、介護施設側に民事責任としての損害賠償責任を問うことが可能です。
賠償金の内容としては、治療費(診察費・手術費・薬代)、入通院交通費、入通院付添費用、付添のための休業損害、入院雑費、怪我に対する慰謝料、後遺障害に対する慰謝料、弁護士費用の一部などが含まれることが通常です。
その法的根拠としては、
が考えられます。
いずれの法的根拠においても、多くの場合、(1)介護施設側(その職員も含めて)の過失の有無、(2)過失行為と被害の間の因果関係の有無などが法的な争点となります。
では、介護施設での転倒・転落による骨折事故について、実際の裁判例を、そのパターン別にいくつか紹介しましょう。
介護施設側の過失責任を問うには、利用者が転倒・転落をして骨折する危険を予見できたこと(予見可能性)が必要です。
この予見可能性があったことを前提として、「結果の発生を回避するために、どのような措置を講ずるべき義務があったのか?」を法的な観点から検討し、その義務違反(結果回避義務)があれば過失責任が認められます。
これを、ベッドからの転落事故に関する次の裁判例で見てみましょう。
【ベッド柵の取り付け等の対策を講じていないとして損害賠償を命じた裁判例】
(大阪地裁平成19年11月7日判決・判例時報2025号96頁)グループホーム(指定認知症対応型共同生活介護施設)で、利用者(女性86歳)が就寝中にベッドから転落し、左大腿骨を骨折した事案です。
この利用者は、事故前2ヶ月の間にベッドからの転落が2回、転落しそうになったことも2回ありましたから、事故の予見可能性は認められます。裁判所は事故を回避する対応策として、①ベッド柵の取り付け、②ベッドから布団への変更、③ベッド下に緩衝材を敷くなどの方法があるのに、十分な対策が講じられていなかったとしました。また、施設側が以前の転落について家族への情報提供や家族との協議も怠っていたことについても指摘し、契約上の安全配慮義務違反などの債務不履行責任を認め、合計約570万円(うち弁護士費用52万円)の損害賠償を命じました。
ただし、この金額は、裁判所が「素因減額」として損害額の5割を減額したうえでの金額です。
素因減額とは、損害の発生や拡大に被害者側の要因(例:既往症など)が寄与している場合に、損害の公平な分担という観点から、賠償額の何割かを減額するものです。
本件における素因減額の理由は、利用者が認知症のために、自己の骨折を認識できず、意欲的にリハビリに取り組まなかったことが、後遺障害に影響を与えているというものです。
介護施設では、マイクロバスなどの車両による送迎が一般的です。その乗り降りの際に転倒・転落する危険があり、乗車時・降車時の介助は必須です。
【付添なしでは歩行しないように繰り返し注意喚起するなどの義務に違反したとして、損害賠償を命じた裁判例】
(東京地裁令和3年10月29日判決・LLI/DB・L07631168)同じ指定通所介護の施設を利用する夫婦のうち、夫(91歳)が転倒した事故です。車での送迎の際、職員は夫に、車の近くで待っているように伝えたうえ、妻の介助に向かいました。ところが、夫は歩き出そうとして転倒し、右大腿骨を骨折してしまいました。
この夫は、杖での歩行にふらつきがあること、事故前の9ヶ月間に3回転倒した事実があること、職員も転倒による骨折について意見を述べていたこと、夫は待機するように言われても歩くことがあったことなどから、裁判所は事故の予見可能性があったと認めました。
そして、妻の介助に向かうという、夫に付き添うことが難しい状況が生じた場合でも、夫に対し転倒の危険があることを十分に説明し、付添なしでは歩行を開始しないように、繰り返し注意喚起をするなどの措置をとる義務があったのに、これに違反したとしました。
裁判所は、合計約202万円(うち弁護士費用20万円)の賠償を命じました。
ただし、この金額は、待機するよう言われたのに夫が歩き出したという点に過失相殺を認め、約2割を減額したうえでの金額です。
過失相殺とは、損害の発生・拡大に、被害者側の落ち度が寄与している場合に、やはり公平の観点から賠償額の何割かを減額するものです。
入浴介護も転倒・転落の危険が高い場面であり、介護職員が利用者から目を離すことは過失と認定されやすく、厳に慎まなくてはなりません。
【入浴介護中の転倒での骨折につき、利用者から目を離さない義務などに違反したとして、損害賠償を認めた裁判例】
(青森地裁弘前支部平成24年12月5日判決・LLI/DB・L06750612)介護支援施設のデイサービスの利用者(女性88歳位)が、入浴介護サービスを受けている際の事故です。利用者は、キャスター付き簡易車椅子(入浴補助用)に座っていましたが、職員が他の利用者の洗身を介助していた間に、その車椅子ごと態勢を崩して転倒してしまい、左大腿骨を骨折しました。
この利用者は、車椅子に移乗する際に、待ちきれずに不安定な態勢で移乗しようとするなどの挙動の傾向がみられて転倒の危険性が高かったことなどから、事故の予見可能性がありました。
裁判所は、浴室という滑りやすく危険な場所での介助は、①利用者から目を離さない、②一時的に目を離すときには代わりの者に見守りを依頼するなどの措置をとる義務があったとし、その義務に違反しているとしました。
裁判所の命じた損害賠償額は、合計約832万円(うち弁護士費用75万円)でした。
トイレの使用は、誰でも他人に関与してほしくない、非常にプライベートな場面です。しかし、高齢者・障がい者にとっては、転倒・転落事故の危険と隣合わせの場面でもあり、介護を尽くす義務がなくなるわけではありません。
【トイレ内に同行しての介護を拒否されても、介護する義務があったとして、損害賠償が認められた裁判例】
(横浜地裁平成17年3月22日判決・判例時報1895号91頁)老健施設でのデイサービス利用者(女性・85歳)が、施設内で送迎車を待っている間に、近くにある身体障害者用のトイレまで歩いて行き、トイレ内に入った直後に転倒して、右大腿骨を骨折した事案です。
介護職員は、トイレまでの歩行を介助しましたが、トイレ内まで同行することは利用者から拒否されてしまい、トイレ内には同行しませんでした。裁判所は、以下の諸点を指摘して、転倒の予見可能性を認めました。
①従前から足腰の具合が悪く、70歳ころにも転倒して左大腿骨を骨折したことがあること
②本施設内でも約1年半前に転倒したこと
③下肢に筋力低下・麻痺・両膝の屈曲制限・関節拘縮・内反転気味の変形傾向などがあり、歩行も不安定で、何かにつかまる必要があったこと
④主治医も転倒に注意と強く警告していたこと
⑤トイレ入口から便器まで1.8メートル離れており、横幅も広いのに、便器までの壁には手すりがなかったこと裁判所は、介護契約上の安全配慮義務として、利用者を説得して便器までの歩行を介護する義務があったのに、これに違反したとしました。たとえ、トイレ内の便器まで同行しての介護を拒絶されたとしても、介護を受けない場合の危険性と介護の必要性を専門的見地から、意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得するべきであり、それでもなお真摯に介護を拒絶する態度を示したという場合でなければ、介護義務を免れないとしました。
裁判所が認めた損害賠償額は、合計1,253万円(うち弁護士費用110万円)です。ただし、この金額は、3割の過失相殺によって減額された結果の金額です。
利用者が過ごす時間が長い場所がデイルームです。そこでも、高齢者・障がい者には、常に転倒・転落の危険と無縁ではありません。ときには、利用者同士のトラブルが原因で転倒し、骨折してしまうケースもあります。
【デイルームで、他の利用者から暴行を受けて転倒した骨折被害につき、介護施設に賠償を命じた裁判例】
(大阪高裁平成18年8月29日判決)特別養護老人ホームで、ショートスティの利用者A(女性・91歳)が、デイルームにおいて車椅子に座っていたところ、他の利用者B(女性・92歳)に背後から押されるなどして転倒して、左大腿骨骨折などの傷害を負い、その結果、両股・両膝関節の拘縮、両下肢の機能全廃の後遺障害(身体障害者等級1級)となった事案です。
加害者Bは認知症のために、日頃から、不機嫌となって暴言・暴力に及ぶことや、他人の物を自分の物と勘違いすることがありました。事故当日、加害者Bは被害者Aの車椅子を、自分の車椅子と勘違いし、そのハンドルを掴んで揺さぶったり、被害者Aの背中を押したりする行為を繰り返し、最終的にAを転倒させてしまったものです。
施設職員は、Bに勘違いを指摘し、再三にわたり説得してBの自室に移動させましたが、Bはデイルームに戻ってしまい、傷害行為に及んでしまったものです。
裁判所は、Bの日頃の行動から、同人の暴力がエスカレートすることは十分に予見が可能であり、単に説得して自室に戻らせるだけでなく、Aから引き離して接触させない措置をとるべき義務があったとし、その義務に違反していると判示しました。
裁判所が認めた損害賠償額は、合計約1,054万円(うち弁護士費用96万円)でした。
転倒・転落による骨折は、施設の建物や設備に不備・欠陥があることが原因と評価される場合もあります。
例えば、施設の建物が、その構造上備えるべき安全性を欠いていると評価される場合(これを「瑕疵」と呼びます)は、土地工作物責任(民法717条)に基づき、その建物の管理者または所有者が賠償責任を負います。
【施設の土地工作物責任による賠償責任を認めた裁判例】
(福島地裁白河支部平成15年6月3日判決・判例時報1838号116頁)介護老人保健施設の利用者(女性・95歳)が、自室のポータブルトイレ内の排泄物を捨てようとして汚物処理室に入室した際、その出入口にあった、高さ87ミリの凸状のコンクリート製仕切りに足をとられて転倒し、大腿骨を骨折した事案です。
裁判所は、身体機能の劣った要介護老人の入所施設である以上、入所者の移動などの際に、身体に危険が生じないような建物構造・設備構造がとくに求められているとし、本件の凸状のコンクリート製仕切りは、土地工作物の瑕疵にあたると認めました。
裁判所が認めた損害賠償額は、合計約540万円(うち弁護士費用40万円)でした。
最初にも説明しましたが、損害賠償責任が肯定されるには、過失行為と発生した損害との間に因果関係が認められる必要があります。
転倒による骨折を経て肺炎を発症して死亡した利用者につき、施設側の過失と死亡との間の因果関係を認めて死亡についての賠償責任を肯定した場合と、因果関係を認めず死亡についての賠償は否定した場合がありますので、最後にご紹介します。
【転倒による骨折と、けがから4ヶ月半後の死亡結果とのに間に因果関係を認めた裁判例】
(東京地裁平成15年3月20日判決・判例時報1840号20頁)デイケアの利用者A(男性・78歳)は、送迎バスにより自宅マンション前まで送り届けられた際、介護士が踏み台を片付けるなどの作業をしている間に路上で転倒し、右大腿骨頚部骨折のけがを負いました。
利用者はこれにより寝たきりの状態になり、1ヶ月後に肺炎を発症しました。一般に、老年者の場合、骨折で寝たきりになることにより肺機能を低下させたり、誤嚥を起こしたりして、肺炎を併発することは多いのです。
そして、事故から4ヶ月半後に、その肺炎が直接の原因で死亡しました。骨折から肺炎の併発までの期間がかなり近接していたことから、裁判所は、「本件のような介護事故が原因となって(肺炎を併発し)最終的な死亡に至るという経過は、通常人が予見可能な経過である」と認定し、介護事故(注意義務違反による債務不履行責任)と死亡との間の因果関係を認めました。
裁判所が認めた損害賠償額は、遺族3名(妻・子ども2人)で合計約686万円(うち弁護士費用62万円)でした。
【骨折に対する過失と死亡結果との間の因果関係を認めず、死亡に対する賠償責任を否定した裁判例】
(さいたま地裁平成30年6月27日判決・判例時報2419号56頁)利用者A(男性・64歳)は、脳内出血による右上下肢の障害があり、短期入所生活介護施設におけるショートスティを利用していました。
Aは昼食後、個室内の洗面所で、付添いのないまま口腔ケア(うがい)をしていた際、転倒して右大腿骨を骨折しました。その半年後に、別の施設で誤嚥性肺炎となって寝たきりとなり、当該事故から7ヶ月後に誤嚥性肺炎を直接の死因として死亡しました。
裁判所は、脳内出血の後遺障害があるAが転倒する危険があることは予見可能であり、口腔ケアには付き添うか、洗面所内に椅子を設置するなどの措置を講ずる義務があり、その義務違反があると認め、怪我による治療費・入院費・慰謝料などの賠償金約300万円(うち弁護士費用28万円)は認めました。
さらに、原告である遺族側は、転倒事故による骨折が、認知機能の低下を招き、嚥下能力を低下させて死亡に至ったと主張し、死亡に関する賠償も請求しました。
しかし、裁判所は、Aは、骨折の手術後はいったん身体機能を相応に回復させており、ずっと寝たきり状態だったわけではないことなどから、骨折事故と死亡の因果関係を否定し、死亡に関する損害の賠償は認めませんでした。
このように、施設側の過失と死亡との因果関係が、どのように判断されるのかが重要となります。
このように、家族が介護施設で転倒・転落事故で骨折する被害にあった場合は、介護施設に対し損害賠償請求が可能なケースがあります。
ただし、介護事故では、介護施設側の予見可能性・過失・因果関係・損害の内容など、争いとなる法律的な争点が数多く存在することが通常であり、また賠償責任が認められたとしても、その金額をめぐってさらに素因減額や過失相殺などの法的争点が立ちはだかります。
これらの問題をクリアーするには、法律専門家である弁護士、それも介護事件に注力、特化した弁護士に早期に相談し、法的アドバイスを受けることがベストです。
お困りの方は、西船橋ゴール法律事務所の弁護士までお気軽にご相談ください。

