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徘徊のよくある事故と家族がとるべき対応

弁護士 赤井 耕多

弁護士 赤井 耕多

千葉県弁護士会

この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多

誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、6年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。

みなさんは、介護事件といわれたら、なにを思い浮かべるでしょうか。介護事件といっても、様々な類型があります。今回は、そのうちの一つである徘徊の事例について、解説していきたいと思います。

施設徘徊(離園)とは

徘徊とは、主に、認知症を患っている高齢者が、意識せずに、施設の外などに出て行ってしまうことをいいます。そして、事故として扱われるのは、施設外へ行ってしまった結果、死亡してしまった、あるいは、負傷してしまった場合です。そこで、どのような事例があるのかについて、解説していきます。

事例紹介

そもそも、施設外徘徊において、施設側の責任を問える場合とは、どのようなときなのでしょうか。

そこで、いくつかの判例を紹介させていただきます。

責任肯定例

① 施設内徘徊の事例です。

介護老人保健施設に入所する認知症のYが浴室に入り込み、自身で、浴室にお湯を満たして死亡した事件で、相続人たちが、施設に対して、施設管理義務違反を主張して、損害賠償を請求したことについて、施設側に、死亡の結果に過失責任があることを認めた事例(岡山地裁平成22年10月25日)があります。

② 屋外にでてしまった事例です。

小規模多機能型居宅介護施設に入所していた認知症高齢者のZが施設の外に出て行方不明となり、その3日後に施設から少し離れた畑の畝で死亡しているのが発見された事件について、相続人たちが、施設の職員の注視監視義務違反、施設経営者の設備設置義務違反等を主張して、施設に対し、不法行為または債務不履行に基づき損害賠償を請求したことについて、施設の設備の設置義務違反、不法行為責任を認めた事例(さいたま地裁平成25年11月8日)

③ デイサービスセンターへ通所していた認知症のAが、施設の非常口の扉を開けて施設を抜け出し、その後、施設からおよそ1.5キロほど離れた畑の中で、低体温症により死亡していた事件について、相続人たちが、施設利用契約の債務不履行、一般不法行為または使用者責任に基づき損害賠償を請求したことについて、債務不履行責任および使用者責任のいずれも肯定できるとした事例(福岡地裁平成28年9月9日)

半分肯定例

④ とある老人デイサービスセンターに通所して,デイサービスを受けていた重度の老人性痴呆症であるXが、84cmの高さにある窓から脱出し、行方不明となったところ、約1か月後に,砂浜に死体で発見された事件が生じました。ご家族が,施設に対して、介護職員の過失および施設の建物設備の瑕疵を主張して、損害賠償金の支払を請求しました。裁判所は、施設の職員には,老人の失踪について過失はあるが,同人の過失とXの死との間の,相当因果関係を認めることはできないとし,Xが行方不明になったことにより,相続人らが被った精神的苦痛に対する慰謝料等に限り,請求を認容した事例(静岡地裁浜松支部平成13年9月25日)があります。

否定例

また、責任が認められなかった事例として

⑤ 病院に入院して食道亜全摘出手術等を受けたYさんが病室から失踪し、同病院敷地内に併設された看護師宿舎の屋上から転落して死亡した状態で発見された事件。原告は、Yさんが術後せん妄を発症しており、その影響で自殺を含めた危険行動に出ることを予見することが可能であったにもかかわらず、病院がそれを予見しなかったこと、また、術後せん妄による危険行動を防止するための措置をとる義務、失踪した患者を探す義務、家族に対して、すぐに連絡をする義務、患者が外にでないように管理する義務を怠ったとして、使用者責任または診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をしました。

しかし、裁判所は、病院側に予見可能性がなかったこと、そのような措置をとる義務はなかったことを理由に、請求を棄却しました(東京地裁平成21年9月15日)。

法的責任が認められるのは、どういうときか

これまで、責任が認められた事例、認められなかった事例について、述べてきました。そこで、次に、どのような理由で、それぞれの事例で責任が認められたのかについて、解説していきます。

1 どのような法的責任が考えられるか

まず、徘徊における法的責任としては、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任や不法行為責任が考えられます。

それぞれ、具体的な事例とともに、見ていきましょう。

2 それぞれの事例検討

(1)責任を認めた事例

①の事例については、①施設の入居者の多くは、認知症に患っており、かつ、徘徊する癖があったこと②事故発生当時の入居者数は、34名であったところ、事故発生日に勤務していた職員は5名であり、この人数で、入居者数全員の動きを見守ることは事実上困難であったこと③そのため、施設としては、適正な数の職員を配置し、入居者の動きを見守るとともに、入居者が勝手に入り込み、危険な状況に陥る可能性のある施設を管理する責任があること④浴室の近くにある扉は施錠されておらず、脱衣所から浴室へ入る扉も施錠されてなく、どちらか一方の扉が施錠されていれば、事故は発生しなかったことを理由に、施設管理義務違反を認定し、Yの死亡の結果について、施設に過失責任があることを認めました。

②の事例については、職員の注視義務違反は認めませんでした。しかし、Zは、入所した当初から一定の自宅に帰りたいという思いがあり、出入り口や窓に付いている鍵を開けようとしたり、外に出ようとしたり、実際に窓の鍵を開けたことがあったことや、このようなことについて、ケース記録に記載されており、施設の管理者は、その記載を認識していたと認められること、施設は、このようなZを受け入れていたのだから、Zが鍵を開けて外へ出ていく可能性があることを認識した段階で、施設職員が気付かないうちにZが施設の外へ出ることを防ぐための措置、例えば、ドアが開いたら音が鳴って知らせるような装置を設置するなどの対策をとるべきであったといえることを理由に、設備の設置義務違反が認められるとしたうえで、設置義務違反とZの死亡との間に相当因果関係が認められるため、不法行為責任を認めました。

③の事例については、Aには認知症の症状の一つとして徘徊する癖が存在しており、自力で帰宅などする能力に乏しい状況にあり、このことは施設及び施設職員も認識していたのであるから、Aが施設を抜け出して、徘徊することがないように、施設としてしっかり整備を行い、あるいは、施設職員にAを見守る義務があったことや、職員が、施設利用相談への対応や食事を下げる作業に従事していたとしてもAを含む施設利用者の動きに注意を払うことができなかったとは認められず、Aが本件施設を抜け出さないように見守る義務に違反したことが認められること、Aが施設から容易に抜け出せたとしたら、職員に対する普段の指導や監督が十分でなかったことも認められるとして、債務不履行責任と使用者責任のいずれも肯定できるとしました。

④の事例については、Xが、失踪の直前に靴を取ってこようとしたことや廊下でうろうろしているところを施設の職員が目撃しているため、Xが外に出ようとすることについて、予見可能性があり、Aの行動に気を付けて、外に出ないようにする義務があったことや、それにもかかわらず、施設の担当者は2名のみであり、その2名とも、ほかの利用者の介助をしており、Xを注視することができるものはいなかったこと、Xの失踪時、施設の北側玄関は、内側から簡単に開かないようになっており、裏口は開けると大きなベルとブザーが鳴る仕組みになっていて、Xが外に出ることは困難であったが、Xは身体的には健康であることから、高さ84㎝程度の高さにある窓から外に出ることは、予見できたといえること等を理由に、施設の職員の過失を根拠に、使用者責任を認めました。

(2)責任を認めなかった事例

⑤の事例については、せん妄の中核的症状である意識障害について、そのような症状が発現しておらず、穏やかで落ち着いていたことから、病院の医療従事者らにとって、Bが術後せん妄を発症することを具体的に予見すべきであったということはできないこと、予見可能性がなかったことを前提として行動防止のための措置をとる義務を否定したこと、必要と考えられる捜索はしていたこと、家族への連絡をしていないことから注意義務違反は認められないこと、施設管理上の注意義務はあるが、患者を外に出さないためには、立体駐車場に続く出入口のみならず、病棟の出入り口すべてを施錠するか、出入り口すべてに警備員を配置する必要があるが、それは容易ではなく、現実的ではないこと、看護師宿舎各棟は病院の敷地内にあるとはいえ、病院等とはつながっておらず、部外者の立ち入りは想定されていないことなどからすると、病院に患者等が看護師宿舎の外階段に侵入できないような措置を講ずるべき義務があったとまではいえないとして、請求を棄却しました。

3 まとめ

以上を見る限りでは、介護施設には、一度施設として、利用者を受け入れた場合には、相当高度の安全注意義務があると考えられます。そのため、徘徊事案の場合では、そもそもが、設備や職員の監視が不十分であるため、発生したものであるとして、その責任が認められやすいといえます。一方、認められていない事例としては、病院の場合には、介護施設ほど、一人ひとりに対して、注視義務が認められないことが、理由としてあげられると考えられます。また、せん妄についての症状が出ておらず、徘徊行動をとるだろうという予見可能性がなかったことも理由としてあげられるかと思います。

つまり、重要な要素としては①予見可能性があったか②十分な安全配慮が行われていたかだといえます。この点、介護施設においては、利用者がどのような行動をとる可能性があるかについては、日常の行動から、ある程度予見できると認められやすいといえます。また、安全配慮義務も、介護施設は、そのような利用者を受け入れることを前提としているため、高い基準が要求されます。

すなわち、徘徊事案においては、法的責任が認められやすいといえます。とはいえ、死亡との因果関係まで認められるかは、事案によって異なるといえます。

過失相殺について

これまで見た事例では、徘徊しているのは、あくまで利用者です。そのため、通常の場合、利用者自身にも一定の責任があるとして、過失相殺がされることが多いといえます。

例えば、①事件については、

  • ア:施設職員が浴槽にお湯を入れっぱなしにしたわけではないこと
  • イ:廊下から浴室に至るまでの扉には施錠していたこと
  • ウ:Yが自ら浴室内に侵入して浴槽に湯を満たして入ったこと

により引き起こされたものであることを理由に、被告が負担すべき損害の割合は、全体の3割とされました。

徘徊事故が起こった場合、まずなにをすべきか

それでは、実際に自分の身内がそのような事態に陥ったらどうすればよいでしょうか。

まずは、施設側に説明を求めるべきです。何らかの原因があって徘徊してしまったのですから、その原因を説明させたうえで、場合によっては、書面として残してもらうか、録音させてもらうべきでしょう。

次に、介護記録や介護事故報告書、死亡診断書やカルテなど、事故が起こった原因について記載されている可能性のある書面について集めていくべきです。

このように、証拠を集めていくことが後々、介護施設の責任を問ううえで、重要になっていきます。訴えるかどうか迷っている場合でも、まずは、大切なご家族に「何が起きたか知りたいので」開示してほしい旨伝えることは、何もおかしなことではありません。

お見舞金を提示されたら

介護事故が起きた場合には、施設側が、過失は認めないがお見舞金としていくらかを提示して、これで事故についての処理を終了させようとすることがあります。

ここで注意すべきなのは、通常、お見舞金の額は、相当少額であるということです。そのため、お見舞金を提示された場合には、まず、本当に施設側に過失がなかったかを確認する必要があるでしょう。なぜなら、裁判をした場合に得られる補償よりもはるかに少ない金額を受領することで、介護事故について終結させてしまうおそれがあるからです。受け取ってしまったら、それで和解したという意味に解される可能性があります。

そのため、先ほど述べた各証拠を入手することや、施設の職員から説明を聞くことが重要になってきます。証拠は施設側の過失を認定するうえで、欠かせないものだからです。なによりするべきことは、弁護士に相談することでしょう。

弁護士への相談

少額のお見舞金を提示されただけで終結させようとする施設側の対応に納得がいかない、あるいは、介護施設側に責任はないのかと感じたら、一度、弁護士に相談することが重要です。介護施設側が過失はなく、法的責任がないといっていても、弁護士が事故についての資料を見て、判断した場合には、異なる結論になる可能性があります。

介護事故は、場合によっては、大切な家族の命を失ってしまうものです。そのときに、施設側の責任や過失があった場合には、悔やんでも悔やみきれない思いがあると思います。

そのため、介護事故で、何かおかしい・納得できないと思ったら、法律事務所に相談するとよいでしょう。初回相談は30分無料ですので、お気軽に相談してください。

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