公開日:

家族が介護施設で事故にあった時の初動対応|責任は問える?

弁護士 赤井 耕多

弁護士 赤井 耕多

千葉県弁護士会

この記事の執筆者:弁護士 赤井 耕多

誤嚥・転倒事故のご相談をきっかけに、6年前から介護事件に注力。全国的に、この分野に詳しい弁護士が少ないことを知り、誰かの助けになればとの思いで日々勉強中。現在、関東一円や、時には新潟からのご相談まで、幅広い地域をカバー。

介護施設は、要介護の高齢者や障害者に介護サービスを提供する施設です。
現在では、「介護老人福祉施設(いわゆる特養)」や「介護老人保険施設(いわゆる老健)」のような介護保険施設から有料老人ホームまで、様々な施設があります。

このような介護施設において発生する、利用者が怪我をしたり死亡したりする事態が「介護事故」です。
典型的なものとして、①転倒・転落事故、②誤薬事故、③誤嚥事故、④入浴事故、⑤徘徊脱走などが挙げられます。

これら介護事故が起きた場合、利用者や家族は介護施設に対して損害賠償請求などの法的責任を追及することができるでしょうか?
また、そのためには、事故に際して家族はどのような行動をとるべきでしょうか?

1. 介護施設での事故で施設に責任追及できる?

家族が介護施設で怪我をしたり死亡したりした場合、介護施設側に故意・過失があれば、法的な責任を追及することは可能です。

1-1. 介護施設に追及できる民事責任

まず考えられる法的責任は、民事上の責任です。
介護事故では、民法上の不法行為責任(民法709条)または債務不履行責任(民法415条)に基づき、介護施設に対して損害賠償を請求することが可能です。

なお、いずれの場合も、利用者の死傷という損害が施設側(施設職員を含め)の「故意・過失」に基づいて発生したことが必要です。

多くの場合、利用者の死傷という結果が発生することが予見できたか(予見可能性の有無)、施設側は結果発生を避けるために為すべきことを尽くしたか(結果回避義務違反の有無)が裁判上の争点となります。

1 使用者責任

使用者責任は、介護施設の職員の故意・過失によって利用者の死傷という結果が生じ、当該職員が不法行為責任(民法709条)による損害賠償義務を負う場合に、これと並んで当該職員の雇用主である使用者としての介護施設にも損害賠償義務を負担させることで、被害者を救済する制度です。

2 債務不履行責任

債務不履行責任は、介護施設の契約上の義務違反を根拠に損害賠償を負担させるものです。

利用者と介護施設の間の施設利用契約(介護サービス契約)に基づき、介護施設側は、利用者が生命身体に損害を生じないよう配慮するべき安全配慮義務を負担しており、故意・過失による義務違反で生じた損害を賠償する責任があります。

3 賠償金の内容

施設側に民事上の損害賠償責任が認められた場合には、事案にもよりますが、たとえば次のような損害賠償が認められます。

  1. 治療費(診療費、手術費、入院費、付添費、通院交通費など)
  2. 入通院に対する慰謝料(傷害に対する慰謝料)
  3. 後遺障害に対する慰謝料
  4. 死亡に対する慰謝料
  5. 死亡の場合の葬儀費用
  6. 弁護士費用

【転倒事故で約2400万円の損害賠償が認められた裁判例】

津地方裁判所平成31年3月14日判決・LLI/DB:L07450872(※弁護士古笛恵子編著「介護事故の裁判と実務|施設・職員の責任と注意義務の判断基準」)

特養施設において、職員が利用者(92歳・女性)をトイレに誘導して着座させたものの、職員がタオルを倉庫にとりに行った間に、利用者が転倒して急性硬膜下出血の傷害を負い、約2ヶ月半後に死亡した事案です。

裁判所は、便座に着座中という不安定な状態のまま見守る者がいない状態とした点に、施設側の義務違反を認めました。

裁判所が認容した賠償額は、総額約2,400万円(治療費約9万円、入院雑費約10万円、葬儀費用約73万円、傷害慰謝料約114万円、死亡慰謝料約2,000万円、弁護士費用約220万円)でした。

1-2. 介護施設に追及できる刑事責任

介護事故では、事案により、職員に対して刑事責任を問えるケースもあります。
この場合、業務上過失致死傷罪(刑法211条)の適用が考えられます。

法定刑は5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金刑です。
ただし、業務上過失致死傷罪は法人には適用されないので、介護施設の法人としての刑事責任を問うことはできません。

また、刑事事件として捜査機関に立件されるには、通常、被害者本人または家族による被害届および刑事告訴状の提出が必要ですので、弁護士に手続を依頼することをお勧めします。

2. 家族がとるべき初動対応とは?

では、介護事故が起きた場合、介護施設に対する法的責任を追及するために、まず家族がとるべき初動対応とは何でしょうか?

結論から言えば、それは「証拠の収集」です。

介護事故では、収集すべき証拠が多いですが、逆にいえば、証拠さえあれば、今後の弁護方針をじっくり考えることができます。また、何よりも、真相を知り、気持ちをどう落ち着けたらよいか考える一歩となります。

2-1. 介護施設に対する初動対応

1 介護施設側に説明を求める

まずは、介護事故が発生した状況について、施設側に詳細な説明を求めましょう。
聴き取るべきポイントは、①いつ、②どこで、③誰が、④いかなる行動をとり、⑤どのような結果が発生し、⑥その結果に対しいかなる事後対応をとったかです。

口頭での説明は必ず録音をとります。また、説明した内容を文章化した書面の交付を要求しても良いでしょう。

不明点・疑問点の質問、これに対する回答を含め、関係者とのやりとりは全て証拠が残るように書面かメールで行うことが大切です。

2 資料の開示を求める

介護事故について施設側の責任を明らかにするためには、施設側や介護関係者の保有している各種資料を入手することが必要です。

①事故時のカメラ映像

これがあれば決定的証拠です。
しかし、一定期間が経過してしまうと、記録が上書きされていって肝心の証拠が消えてしまうので、できるだけ早めに、保存と複製(USBやディスクなど)を求めましょう。

②フェイスシート

介護を開始する際に介護事業者が作成する書面で、ADL(アクティビティ・オブ・ディリー・リビング)、すなわち利用者が食事・着替え・排泄・入浴などの日常的な行動をどれだけ自立して行えるかの指標が記載されています。

自立の程度に応じ、施設側の予見可能性や、尽くすべきであった結果回避義務の内容も異なります。

③業務日誌

介護業者の事業所全体での日々の出来事を記載する日誌で、事故当日の入所者数、利用者数、行事などの出来事が記録されます。当日の職員の繁忙度などを知る資料となります。

④生活記録

「ケース記録」「介護記録」「経過記録」など、施設によって名称は様々ですが、当該利用者ごとに日々の経過を記載した記録です。
内容は当日の利用者の言動、食事の有無、面会者の有無など多岐にわたります。

⑤介護事故報告書

介護事故が起きた場合、介護施設は、事故発生の事実・状況・処置を記録して、介護保険の保険者である市町村などに報告を行わなくてはなりません(介護保険法23条、厚生労働省令「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」35条、その他介護老人保健施設、訪問介護、介護医療院についても同様の規定があります)。

報告するべき内容は、市町村ごとの要綱などで基準が定められています。
例:東京都「港区介護保険事業者における事故発生時の報告取扱要領

以上は介護施設側の保有する資料ですが、これら以外にも、契約書、重要事項説明書と、ケアマネジャーが作成した介護の計画書である「施設サービス計画書」のように、介護開始時に本人や家族に交付されている資料もあります。

これは「ケアプラン」とも呼ばれ、本人、家族、介護施設職員から聴取した本人の状況が記載されている例が多く、また、介護計画の適切な実行が行われたか否かを記載するモニタリング欄もある重要な資料ですから、必ず探し出しておきましょう。

【コーヒーブレイク】
なぜ書類提出を求めるのかと聞かれたら?
「何が起きたのかをきちんと知りたい」と思うのは普通のことなので、そのようにお伝えください。後ろめたく思う必要はないです。

3 現場の状況を記録する

施設側の説明や資料だけを当てにするべきではありません。

例えば、段差が原因となった転倒事故の場合、施設側が悪質であれば、秘密裏に段差を補修してしまう危険もあります。そのような事態に備えて、転倒場所の状況や位置関係は、早めに、写真・動画・図面で記録しておくべきです。

2-2. 医療機関に対する初動対応

被害者が受診した医療機関に対しても、初動対応が必要です。

1 原因、経過について医師からの説明を受ける

介護事故での怪我については、診察・治療した医師と面談し、その原因や経過について、医師の意見・説明を聴取し、記録するべきです。

2 診断書・カルテのコピーをとる

受傷の事実と内容を証明するために、医師から診断書を交付してもらうことは必須です。亡くなってしまった場合は、死亡診断書にきちんと死因を記載いただく必要があります。

また、医師が応じてくれるなら、カルテのコピーを交付してもらいましょう(ただし、枚数が多いと料金がかかるので、カルテ取得は弁護士に相談してからでもOKです)。なお、医師が交付を拒む場合、後に説明する弁護士による証拠保全手続によって確保することも可能です。

3. 同意書や示談書を示されたら弁護士に相談を

介護事故について、介護施設側から「示談書」や「同意書」などの題名の書面を提示され、これへの本人や家族のサインを求められることがあります。
また、その場合に、幾らかの「見舞金」や「示談金」の支払いを提案されることもあります。

しかし、その提案に安易に応じてはいけません。

通常、このような「示談書」や「同意書」は、これに本人や家族が署名することによって、その介護事故での法的責任問題には決着がつき、今後は賠償金などの法的請求を行うことができないという「精算条項」が記載されているなどの例があります。
うかつに署名してしまえば、本来得られるはずの正当な賠償金を請求できなくなってしまう危険があるのです。

もちろん、介護施設からの提示が常に不当な内容と決まっている訳ではありませんが、法的に適正か否かの判断は専門家にしかできません。
「示談書」や「同意書」を提示されたなら、その書面を持参して、弁護士に相談することが適切です。

4. 介護事故の相談先

4-1. 弁護士は直ちに法的責任の追及活動を開始できる

介護事故の苦情相談先としては、以下のものがあります。

  1. 福祉事業者の設置する苦情解決体制(苦情受付担当者など。社会福祉法82条)
  2. 都道府県の社会福祉協議会が設置する運営適正化委員会(同法83条)
  3. 市町村の設置する地域包括支援センター(介護保険法115条の46)
  4. 都道府県国民健康保険団体連合会の介護サービス苦情相談窓口

しかし、1は当該事業所の内部部署に過ぎず、その公正さに疑問があります。2〜4では事業所の法的責任の有無の判断は対象外とされ、個別事案の積極的な解決に乗り出してくれる訳ではありません。

この点、弁護士であれば、介護施設の法的責任の有無を検討し、直ちにその根拠となる証拠の収集を開始します。

特に、介護施設側が保有している資料の開示を拒否する場合、裁判所に証拠保全の申立を行い、強制的に証拠を開示させて確保する手続をとり、介護施設側による証拠の隠滅・改変・偽造を防止することが可能となります(民事訴訟法234条)。これは、実際上、弁護士でなくては実行が困難な法的手続です。

その上で弁護士は、施設側との交渉や調停の申立て、最終的には訴訟提起によって、問題解決まで担当することができます。

4-2. 介護問題・医療問題に精通した弁護士を選ぶべき

介護事故の被害者は、もともと老齢に基づく疾病や障害などを保有する方が多く、死傷という結果と介護施設側の過失の因果関係の有無や、既往症の存在などによる賠償額の減額(素因減額)など、医療上の問題が大きな争点となるケースが珍しくありません。

したがって、介護問題、医療問題に注力・精通した弁護士に依頼することが肝要です。

西船橋ゴール法律事務所は、初回相談は30分無料です。お気軽にご相談ください